2016年12月2日金曜日

最期から逆算する

 

 
 行き慣れたサンドイッチ屋さんが無くなる。
 
 確か、2012年の夏か秋かに玉子サンドを買ったのは、この店だったはずだ。
 
 今は自分の妻である人の病み上がりに際し、何か食べたいものはないかと聞いてみた結果、ここの玉子の詰まり具合を見せてやろうと、得意げに買っていったように記憶している。
 
 その正誤を確認したくなり、以前にバックアップしておいたメールフォルダを開いてみたところで、唐突にある種の死が見えた。
 
 苦しい、息が。
 
 今も揮発しきっていない、かつての付き合い立てカップルがかもし出したエクストラピーチ香が、僕の肺胞内の酸素分子と化合していく。
 
 キュン死──。
 
 老後の楽しみに寝かせておいたものを、早まって開けてしまったのがまずかった。
 
 記憶の確認は、まだ先送りにしておこう。
 
 
 
 色々な占いによると、僕は長生きをするらしい。
 
 自分で東洋医学的なケアもしているので、106歳ぐらいまで生きるかも知れない(笑)。
 
 妻はどうだろう。
 
 僕が東洋医学的なケアをしているので(笑)、100歳ぐらいまで生きるだろうか。
 
 でも、もしかしたら101歳まで生きて、僕の居ない一年を過ごすかも知れない。
 
 その時、妻に、老後の楽しみはあるだろうか。
 
 ずっと一緒に居るようになってからは、2012年の頃のように思いを文字として残すことは、すっかり減ってしまった。
 
 老後に備えて残せるものは、年金以外にも実はあったのだ。
 
 人が幸せに生きていくためには、お金よりもまず、お金を掛けてでも生きていきたい理由のようなものが必要だと、僕は感じている。
 
 だから、妻の老後の助けの一つとなることを願って、ここに自分の言葉を残していきたいと思う。
 
 

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