確か、2012年の夏か秋かに玉子サンドを買ったのは、この店だったはずだ。
今は自分の妻である人の病み上がりに際し、何か食べたいものはないかと聞いてみた結果、ここの玉子の詰まり具合を見せてやろうと、得意げに買っていったように記憶している。
その正誤を確認したくなり、以前にバックアップしておいたメールフォルダを開いてみたところで、唐突にある種の死が見えた。
苦しい、息が。
今も揮発しきっていない、かつての付き合い立てカップルがかもし出したエクストラピーチ香が、僕の肺胞内の酸素分子と化合していく。
キュン死──。
老後の楽しみに寝かせておいたものを、早まって開けてしまったのがまずかった。
記憶の確認は、まだ先送りにしておこう。
色々な占いによると、僕は長生きをするらしい。
自分で東洋医学的なケアもしているので、106歳ぐらいまで生きるかも知れない(笑)。
妻はどうだろう。
僕が東洋医学的なケアをしているので(笑)、100歳ぐらいまで生きるだろうか。
でも、もしかしたら101歳まで生きて、僕の居ない一年を過ごすかも知れない。
その時、妻に、老後の楽しみはあるだろうか。
ずっと一緒に居るようになってからは、2012年の頃のように思いを文字として残すことは、すっかり減ってしまった。
老後に備えて残せるものは、年金以外にも実はあったのだ。
人が幸せに生きていくためには、お金よりもまず、お金を掛けてでも生きていきたい理由のようなものが必要だと、僕は感じている。
だから、妻の老後の助けの一つとなることを願って、ここに自分の言葉を残していきたいと思う。

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