2016年12月24日土曜日

西中島のお菓子屋さん『パティスリー・ジョナ』

 

 
 いおり鍼灸院の副院長として大阪市淀川区西中島で働いている以上、西中島の経済(経世済民)に貢献したいとはいつも考えている。
 
 なので、今年のクリスマスは、西中島にあるパティスリー・ジョナでケーキを買うことにした。
 
 
 
 このお店のパティシエは、何と、『ビゴの店』で修行されたそうだ。
 
 ビゴさんは、「私の店では腕時計を好きな者は採用しない」という言葉で僕に影響を与えた人物だ。
 
 その言葉の真意は──腕時計で分かる規則正しい時間は、酵母を扱う人間には逆に信頼できないもの。気候や天候に応じて時間の尺度を自在に調整できることこそ、発酵に携わる人間にとって必要な資質。発酵に必要な時間は五感を頼りに導き出せるよう修行すべし──ということだった。
 
 
 
 上記のエピソードを知ったのがいつかはもう記憶にないが、自分が針灸師を目指し始めて以降、自分にとっての腕時計が何なのかは時々振り返るようにしてきた。
 
 その結果として、まず、どんなにつらくて心細かった時でも、病院へは行かないようにした。
 
 もちろん、服薬もしない。
 
 最近は漢方薬も含めて飲まないようにしたし、サプリメントは飲んだことがない。
 
 添加物を避けたり運動したりといった無条件で体に良いとされることも、全般的に、なるべくサボるようにしている。
 
 自分が食べたがっているものを食べ、寝たがっている時に寝、生きやすいように生きる。
 
 ここでの「自分」には、本能や思考といった「自分の断片」だけでなく、「ありとあらゆる自分」を含めるようにしているので、気が向きさえすれば、関西人として恵方巻を食べてみたりする。現代日本の一亭主としてクリスマスケーキを予約してみたりもする。
 
 唯一、自分に強制するのは、針灸だけ。
 
 患者さんたちの生活様式から不自然に遠ざからないようにしながら、針灸のみで自分の健康を維持かつ増進し続ける。
 
 当面の僕にとっては、それが腕時計を外すことであり、腕時計を外した上で取り組むべき修行のつもりだ。
 
 

2016年12月21日水曜日

心の平穏を取り戻すための六ステップ (1)

 
 
 今から書くのは、僕が心身共にどん底だった十六歳の頃から、自分を立て直す中で身に着けてきた心の鎮め方のコツである。
 
 ただし、僕は、知り合いから「変態」と呼ばれている男だ。
 
 悲しいことに、常人ではないとする説がある。
 
 だから、タイトル通りに僕なりの『心の平穏を取り戻すための六ステップ』というものを書いてみたところで、誰かの役に立てる可能性は低いかも知れない。
 
 けれど、この手の流儀についての自分の引き出しを整理したいという欲求が最近になって高まってきたため、取りあえず汎用性は無視して書き出してみることにした。
 
 
 

ステップ 1 : 心を平穏にすると決意する。


 「平穏に出来ないから困っているのに、間抜けなことを言うな!」と思われただろうか。
 
 まずは落ち着いて、あなたが他人に愚痴を聞かされ続けてウンザリした時のことを思い出してみて欲しい。
 
 あなたには、その時のその人が、心の平穏を取り戻そうと努力している人に見えただろうか。
 
 自分を平和にするための手段を心の底から探し求めている人に見えただろうか。
 
 当たり前のことだが、どんなに簡単なことであっても、問題は解決しようとしない限り解決されない
 
 それが困難な問題であればあるほど、出来るだけ早くスタートラインに着く必要がある。
 
 心を平穏にすると決意することは、心の平穏を実現するための能力が自分にはあると信じきることだ。
 
 それは自分自身を信じることであり、自分との信頼関係を取り戻すことなのだ。
 
 自分とのつながりさえも乱していては、他人と快適につながることなど絶対に出来ない。
 
 愚痴を言い続ける相手があなたのアドバイスを気にも留めなかったりするのは、相手がまだ状況の改善を決意していないからであり、自分自身を見失っているからだ。
 
 あまりにも当然すぎてついおろそかにしてしまいがちだが、問題を抱えた時に必要な一歩目は、その解決を決意すること
 
 つまり、人生の主導権を握り返すこと。
 
 これさえ出来れば、実は、状況の半分以上は既に改善されたようなものだ。
 
 以降のあなたは、改善のためのヒントや助っ人が自分の周りには満ちあふれていたと気付かされ、驚くことになるだろう。
 
 
 

2016年12月17日土曜日

針灸・覚え書き「寸関の数脈と尺中の遅脈」

 
 
 数年振りの胸膜炎で、夜も眠れないほどの激痛に苦しんでいた鍼灸師学科の学生さんを、二日連続の針治療で改善できた。
 
 ご本人の経験則を上回る早さで治まったとのことで、大変喜んでいただけた。
 
 二日目の夜は、横になって熟睡できたとのこと。
 
 ただし、一日目の夜は、深夜に痛みがぶり返し、座位で耐えるしかなかったとのことだった。
 
 それでもその人は、自分で応急の井穴刺絡をし、痛みを軽減してしのいだ上で、二日目も信頼して僕に任せてくださった。
 
 普通の患者さんなら、もう病院へ行っていただろう。
 
 特別な事情をお持ちで、針灸などに頼るしかない患者さんだった。
 
 つまり、二度目の機会は、あらかじめ信頼と事情があったからこそ頂けたもの。
 
 針灸に疑心暗鬼な人に対しては、一回で決めきらねばなるまい。
 
 針灸がこの現代で認められるには、抗生物質などの効き目に圧倒的大差で勝つ必要がある。
 
 僕が針灸とは無縁の患者なら、それを期待するだろう。
 
 幸い、この件のお陰で、次なる高みへの糸口はつかめた。
 
 一回目の施術後、痛みが引いた後でも残った「寸関の数脈と尺中の遅脈」というギャップをこちらが埋めきってから帰宅してもらえば、ぶり返しは防げたはずだ。
 
 西洋医学的には理解しがたいことだが、手首の近辺では脈拍は速く、手首の際から数センチほど遠いところでは脈拍は遅いという現象が起きていたのだ。
 
 金匱要略における大黄牡丹湯の条文を思い出す。
 
 脈の遅速で、内臓の化膿の有無を判断しようとしていた。
 
 「寸関の数脈」は炎症の継続を意味していたのかも知れない。
 
 ならば、その遅速の差をその場で埋めきる手段を見付けることが、意味を持つはずなのだ。
 
 

2016年12月15日木曜日

妻との出会い

 
 
 
 2011年の四月、進学した先で実際に妻と出会った時、とっさに僕が感じたことは、「思っていたよりかわいくないのが残念だ」であった。
 
 厚かましい人物評をしたものだ。
 
 しかし、初対面の、現時点ではどんな容姿でも構わないはずの相手に「思っていたより」という言葉が湧いてきたので、その時は自分でも驚いた。
 
 また、「残念だ」という、諦めと覚悟のこもった言葉が湧いてきたことにも戸惑った。
 
 ところで、その時の妻は、病み上がりで表情が硬く、更には常用薬の副作用で顔がまだよく腫れており、それらのせいで僕に「かわいくない」顔だと認識されたに過ぎないことをここで強く主張させていただく。
 
 近頃は、美人という褒め言葉を時々頂戴しては、うれしそうな良い顔を見せてくれる妻である。
 
 
 
 1995年の秋か冬、姫路市の白国という交差点に掛けられた歩道橋をくぐる寸前、僕は小学校・中学年ぐらいの女の子の顔を見た。
 
 母の運転する車の助手席に乗り、高校へ送ってもらっている途中での出来事だった。
 
 増位本町にあったダイエーかサティかの前を通り過ぎながら、母は、何とか僕を奮い立たせようと、「あんたよりつらいのにもっと頑張っとる人もおるねんで」と激励してくれた。
 
 当時の僕は、持病の関節痛を長引かせすぎて、精神面も自律機能もおかしくなっていた。
 
 車中で母の責任感と僕の反発心とがぶつかり合い、憤りを抱え込んだ僕の意識は遠くに飛んで、役所か病院のようなコンクリート作りの建物をすり抜け、一人の女の子を見た。
 
 「この流れでこの子の顔が見えたということは、今のこの子は明るくかわいく笑っているけれど、本当は何か大きな病気と戦っている子なんだろうな」と思った。
 
 その子の丸顔は、その時から、僕にとっては「自分よりつらいのにもっと頑張っている人」の象徴となった。
 
 
 
 とは言え、その体験がすぐに僕を救ってくれた訳ではない。
 
 そこからも更に十年ほどは、自分の殻に閉じこもってばかりだった。
 
 自分のつらさは所詮は「よくあるつらさ」であり、だからこそこれを自力で改善することには需要がある、そのためのノウハウは必ずどこかで誰かの役に立つ、と前向きに思い直せるまでには時間が必要だった。
 
 そうして自分ならではのリアルなモチベーションを手に入れた後であっても、無敵モードとは行かないのが多分人生。
 
 実際に妻と出会い、この人があの女の子だったのかも知れないと徐々に思い出し、付き合え、結婚できて以降も、試練は色々な形で容赦なくやってくる。
 
 運命は完全に僕の味方かも知れないと思えた直後でさえ、ガツンと来る。
 
 けれど、自分の健康を立て直すために身に着けざるを得なかった針灸が、今、妻をステロイドから自由にするための挑戦にも使えていることを考えると、ゆっくりであっても、自分のプロセスの全てが綾となり、何かを組み上げてくれているのだと信じることが出来る。
 
 
 
 『君の名は。』を見た後、人によっては、もしかしたら、自分の人生には「みつは」の「み」の字の一画目の横線どころか点すら存在しないと思われて、強烈な虚無感に襲われたかも知れない。
 
 それでも、予兆があろうとなかろうと、人はいつか、会うべき人に会う。
 
 その時、否が応でも試されるはずだ。
 
 孤独の中を真面目に踏ん張ることで磨かれてきたはずの、自分自身の力が。
 
 

 

2016年12月12日月曜日

映画『君の名は。』に便乗する

 

 
 永松先生の絶賛の影響もあり、映画『君の名は。』を夫婦で見に行った。
 
 すると、映像は予想以上に美しく、音楽は期待通りに感動的で、つまりは上映時間の端から端までが至福の瞬間の連続。
 
 妻とは一緒に居られることがもう当然になりつつあったけど、妻と出会え、名前を知れて今があることに、改めて感謝し直すきっかけまでもらえた。
 
 振り返れば、本当にありがたい今だ。
 
 今回は、映画に触発されたので、普段ならためらって話さずにいたことを書いておこうと思う。
 
 
 
 人と実際に会うより前に、意識だけでその人に会ったという経験が、少なくとも二回、僕にはある。
 
 会ったというより、一方的に姿を見たと表現した方が適切か。
 
 
 
 そのうちの一人は、大阪医療技術学園専門学校東洋医療技術教員養成学科奈良上眞先生
 
 2011年の一月ごろ、いおり鍼灸院院長の金澤先生のご実家で、金澤先生から僕の今後についてのアドバイスを頂いていた時。
 
 上記の教員養成学科への進学を勧められていたところで、僕は、金澤先生の目の奥に、奈良先生の姿を見た。
 
 光沢のある黒髪、ガッシリした下顎、眼鏡の奥の真剣なまなざしが印象的だった。
 
 当時は教職にも教育にも熱意を持てずにいたが、そのタイミングでそういった不可思議な現象が起こったことの必然性を信じ、進学を決意した。
 
 お陰で、進学の動機を人から聞かれた時は、適切な説明に苦労した。
 
 
 
 もう一人、事前に姿を見た人は、その年の四月、進学した先で十六年越しに出会うことになった妻である。
 
 
 
妻との出会い 】に続く

 

2016年12月7日水曜日

推薦ブログ『グローバルマクロ・リサーチ・インスティテュート』

 
 
 自分が勉強してきた東洋医学のことをブログに残そうと思ったのには、『グローバルマクロ・リサーチ・インスティテュート』というブログに出会えたことも大きく影響している。
 
 そちらのブログでは、現代社会を生きる上で役に立つ経済に関する知識が、惜しむことなく記載されている。
 
 その上、経済上の基礎かつ要点ばかりが、平易かつ合理的に説明されており、著者の見識を読者が少しでも身に着けられるよう配慮しながら導いてくれているのである。
 
 更に、文章が、一つの読み物として面白いのも素晴らしい。
 
「無知による判断は罪である。相場なら即刻金を失うだろう」
 
 僕ならば、「無知による判断は罪である。針灸漢方薬なら即刻健康を損ねるだろう」と豪語したいものだ。
 
 僕のブログでは、直前の漢方薬(葛根湯加川芎辛夷)についての記事のように、現代社会を生きる上で役に立つ伝統医学に関する知識を書いていきたいと思っている。
 
 

2016年12月6日火曜日

「葛根湯加川芎辛夷」に医師の無情を見る

 
 
 妻の老後の健康を思えば、漢方薬の知識も書き残していくべきだろう。
 
 葛根湯加川芎辛夷という漢方薬は、クラシエの Web サイトなどで、鼻づまりに効くとされている。
 
 しかし、鼻づまりへの効能などは、実はささやかなおまけでしかない。
 
 
 
 葛根湯加川芎辛夷は、葛根麻黄桂皮甘草生姜大棗芍薬川芎辛夷の九つの生薬で構成されている。
 
 まず、甘草は、患部の一点に向かって苦痛が集中する状態(ある種の頭痛時や腹痛時など)に適す。
 
 桂皮は、体の表面を冷やしたことで起こる上方への突き上がり症状(ある種の頭痛やえずきなど)に適す。
 
 川芎は、血行不良に由来する体の冷えや偏頭痛に適すとされている。
 
 麻黄は、呼吸のしづらさを伴いながら節々がうずいて痛む人に適す。
 
 生姜は、胃腸に水がたまって起こる吐き気や下痢などに適す。
 
 続いて、大棗は、体や心の筋張りに適す。
 
 芍薬は、体が緩まないせいで関節の運動が障害されているものに適す。
 
 葛根は、うなじや背中がこわ張って姿勢が縮こまっている人に適す。
 
 最後に、辛夷は、ある種の鼻づまりに適すとされている。
 
 
 
 桂皮川芎は、漢方理論で言うところの「血」を温め、その運行を促進する。
 
 麻黄生姜は、漢方理論で言うところの「水」を温め、その余剰が汗などで排出されるのを助ける
 
 この葛根湯加川芎辛夷を、鼻づまりの改善を目標に、一年以上も処方され続けている人がいた。
 
 その人の衣服からのぞいた首元や肘などは、真っ赤。 
 
 辺りに広がっているかさぶたからは何度も肌をかきむしって出血を起こしていること、分厚くなった皮膚からは何度もかゆみをぶり返しながら長い年月を過ごしてきたことが読み取れる。
 
 傷口を作ることで血の勢いを逃がしたがっている人に、桂皮川芎で、血行を促進
 
 多汗かつ乾燥肌に苦しんでいる人に、麻黄生姜で、発汗
 
 あの皮膚の状態を見て、何も感じない人間など居るだろうか。
 
 自分の仕事の影響を振り返ることもせず、一年以上も同じことを単調に続けられる医療従事者など居るだろうか。
 
 医療従事者は、何のために仕事をし、何のために患者と会い、何のために漢方薬を買わせていたと言うのか。
 
 末尾に偉そうなことを書き残したが、それは自分への教訓とするためであり、自分の仕事に心を込め忘れることを防ぐための一助にすべきと感じたからである。
 
 

2016年12月2日金曜日

最期から逆算する

 

 
 行き慣れたサンドイッチ屋さんが無くなる。
 
 確か、2012年の夏か秋かに玉子サンドを買ったのは、この店だったはずだ。
 
 今は自分の妻である人の病み上がりに際し、何か食べたいものはないかと聞いてみた結果、ここの玉子の詰まり具合を見せてやろうと、得意げに買っていったように記憶している。
 
 その正誤を確認したくなり、以前にバックアップしておいたメールフォルダを開いてみたところで、唐突にある種の死が見えた。
 
 苦しい、息が。
 
 今も揮発しきっていない、かつての付き合い立てカップルがかもし出したエクストラピーチ香が、僕の肺胞内の酸素分子と化合していく。
 
 キュン死──。
 
 老後の楽しみに寝かせておいたものを、早まって開けてしまったのがまずかった。
 
 記憶の確認は、まだ先送りにしておこう。
 
 
 
 色々な占いによると、僕は長生きをするらしい。
 
 自分で東洋医学的なケアもしているので、106歳ぐらいまで生きるかも知れない(笑)。
 
 妻はどうだろう。
 
 僕が東洋医学的なケアをしているので(笑)、100歳ぐらいまで生きるだろうか。
 
 でも、もしかしたら101歳まで生きて、僕の居ない一年を過ごすかも知れない。
 
 その時、妻に、老後の楽しみはあるだろうか。
 
 ずっと一緒に居るようになってからは、2012年の頃のように思いを文字として残すことは、すっかり減ってしまった。
 
 老後に備えて残せるものは、年金以外にも実はあったのだ。
 
 人が幸せに生きていくためには、お金よりもまず、お金を掛けてでも生きていきたい理由のようなものが必要だと、僕は感じている。
 
 だから、妻の老後の助けの一つとなることを願って、ここに自分の言葉を残していきたいと思う。