2017年2月10日金曜日

2016年度『一の会・東洋医学講座』を終えて



 僕は、「経絡治療」と呼ばれるメソッドを、ずっと否定してきました。

 なぜなら、生体が発する情報は常にアナログなはずであり、それを活用した療法も自然とグラデーションのような差異を描くはず。

 ところが、「経絡治療」では、病態が一段階ずれただけで、治療点は膝から手首付近へワープしてしまうのです。

 病を量的異常でなく、質的異常として捉えている証拠ではないでしょうか。

 それでは未病治は出来ないはずなのです。

 例えば、腎と肝との間の異常に接したならば、どちらかの異常に固定化するまで手をこまねくしかない訳ですから。

 
 と、思いきって偉そうなことを書いてみましたが、「経絡治療」への対抗心のお陰で、僕ごとき非才が宝石のような診察法を確立できるかも知れません。


 2016度最後の『一の会・東洋医学講座』(当日の様子はこちらのブログに報告してあります)で公開した脈診は、生体をアナログなまま理解し、アナログな治療につなげることを目的とした診察法です。

 それは、手太陽と手少陽との間の異常に接したならば、それを見極めた上で、単純に養老や会宗の力を借りれば良いということです。

 流注の揺らぎは、そうやって人の病み方を教えてくれているのだと思います。


 何かを否定した以上、責任を持って、対案を示していきたいと思います。

 僕は、鍼灸師だけでなく、ありとあらゆるセラピストのために、歴史に埋もれてしまった脈診法の発掘を続けていくつもりです。

 すべてのセラピストが、自身の施術への無力感や疑心暗鬼から解放され、確証と共に力強く人体へ立ち向かっていけるように。

 「医なき世界」を実現するための、僕に思い付く唯一のやり方です。


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